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ザ グラン リゾート | リゾートブログ

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【 GRE軽井沢より 】〜 松代の遺跡・史跡紹介 〜

9月に入り、軽井沢は朝晩と肌寒く感じるようになってきました。日中はすごしやすい日々が続いています。
GRE軽井沢フロントスタッフの 佐藤 です。

今回は長野県長野市から南へ約10km、松代町にある遺跡・史跡をご紹介します。
まず、第二次世界大戦の遺跡として知られている『 松代象山地下壕 』に行ってみました。松代象山地下壕とは、太平洋戦争末期、日本の政府中枢機能移転のために長野県埴科郡松代町(現長野市松代地区)などの山中(象山、舞鶴山、皆神山の3箇所)に掘られた地下坑道跡のうちの1つで、松代大本営跡として一般公開されている唯一の遺跡です。
昭和19年11月11日から翌20年8月15日の終戦の日まで、およそ9カ月の間に建設されたもので、全工程の約8割が完成しました。
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この建設には、労働者として多くの日本や朝鮮の人々が動員されたと言われています。犠牲者も多く出たようで、慰霊碑がたっていました。今年は、戦後70年の節目という事もあり、改めて戦争について深く考えさせられます。

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ここが地下壕への入口です。入口は思ったより狭い感じがしました。
地下壕の内部はできる限り当時の状態のまま保存されているようで、崩れやすくなっている箇所や天盤が低い箇所もあるようです。

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入口から中に入ってすぐの箇所は、実際に天盤が低く、少ししゃがみながら歩く必要があるほどでした。

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奥に進んでいくにつれ入り口付近とは違い、気温が下がっていくのを肌で感じます。
当時、現代のトンネル掘削機のような重機がなかったことを考えると、この地下坑道を掘るのにどれだけの時間と労力がかかったのか想像もつきません。

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壕内の見学可能な範囲は決まっていて、フェンスの向こうには掘削当時の岩が残っていたり、運搬用に使用していたトロッコの枕木跡などがありました。

戦後は、訪れる人も少なくなり忘れ去られようとしていた地下壕ですが、平和な世界を後世に語り継ぐ上での貴重な戦争遺跡として多くの人々に存在を知ってほしいということで平成元年から公開が始まったようです。平和な時代しか生きていない私にとっても、このような貴重な遺跡が身近にあることで戦時中の状況を知ることができるのは非常に良い経験になりました。
事前にガイドを予約しておくと、説明しながら中を案内してくださるそうなので参考にされてみてはいかがでしょうか。

次に、松代にある史跡をご紹介したいと思います。
真田氏といえば、小説でも映画でもアニメでも昌幸・幸村(信繁)親子が有名です。真田氏は、現在の上田市真田町が発祥の地で、戦国乱世の中で武略と奮戦によって、武門真田の名を高めました。1622年に信之は上田から松代10万石の藩主として移り、その後松代藩は真田氏によって10代約250年の間、信濃の雄藩として治められたといいます。

松代には、国指定史跡にもなっている真田宝物館・真田邸・文武学校や、松代城跡があり、貴重な資料や施設を見学することができます。

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こちらは真田邸です。真田邸は江戸時代には新御殿とよばれ、松代城の南側に位置しています。9代藩主・真田幸教の義母である貞松院が住んでいましたが、貞松院は参勤交代のために江戸へ戻ることとなりました。その後、真田邸は藩主の座を退いた幸教の隠居所として使われました。

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中は広く、左右に部屋が並んでいました。思いのほか部屋が多く、こんなにもあったのかと驚きました。

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水心秋月亭という庭があり、色鮮やかな景色を見ることができます。天気も良く綺麗でした!

次に近くにある文武学校へ。
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藩士の子弟の学問・武芸を奨励するため、8代藩主・真田幸貫は、松代藩士・佐久間象山らの意見を受けて、蘭学・西洋砲術などを積極的に取り入れた藩校としての文武学校の建設を目指しました。
建物は、文学所・御役所・剣術所・柔術所・弓術所などからなり、8歳から14歳くらいまでは文芸などの勉強を、15歳から35歳くらいまでは武芸を習ったといわれています。

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真田氏の家紋である六連銭(六文銭)があらゆる箇所で見うけられます。六連銭の意義は、仏教説話の「 六道銭 」によるもので、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天上道を指し、六道の世界をめぐり衆生を救済するため六地蔵に捧げる報賽銭が六道銭です。戦にのぞむ武士の決死の覚悟を表したと言われています。

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藩校は全国に250校ほど造られましたが、当時の姿を、ほぼそのまま今に伝えているものは少なく、非常に貴重な存在です。

最後に、松代城跡に立ち寄ってみました。
松代城は、戦国時代に武田信玄によって築城された城といわれ、明治の廃城まで300年余りにわたって北信濃の拠点的場所でした。

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廃城後は建物が打ち壊されたために、城としての景観を失い、わずかに石垣が残るのみでしたが、1981年に、現存する城郭建築である新御殿(真田邸)とともに国の史跡に指定されました。1995年より環境整備工事が行われ発掘・文献調査をもとに、櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などの修理・復元がなされました。2004年4月より、江戸時代の姿に限りなく近い状態で再現され、一般公開が実現したようです。

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お堀や門はしっかりとした造りで、立派な城がたっていたことを象徴しています。

10月10日・11日には『 松代藩真田10万石まつり 』も行われるようで、写真展や真田10万石行列など様々なイベントが組まれているみたいですよ。また、来年2016年の大河ドラマ『 真田丸 』の舞台も長野県で、真田幸村をはじめ、真田一族ゆかりの地である上田市には、真田昌幸が築城したといわれる上田城もあります。

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その他にも長野県には多くの史跡があり、歴史を巡りながら観光ができるとても魅力のある場所です。是非、この機会に北陸新幹線に乗って、軽井沢・上田・長野などに足を運んでみてはいかがでしょうか!

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